うまくいった撹拌条件、もう一度同じ結果を出せますか? 実験ノートに「300 rpm で10分撹拌」とだけ書いてあっても、翼の種類、翼の位置、容器の形状が変われば結果は一変します。最終回は、撹拌の「再現性」を確保するために記録すべきパラメータと、スケールアップ時の考え方を解説します。

「回転数」だけでは再現できない
撹拌条件を記録するとき、回転数だけを記録していませんか?
同じ「300 rpm」でも、以下の条件が変われば撹拌の結果はまったく異なります。
| 変わる条件 | 結果への影響 |
|---|---|
| 翼の種類が違う | 吐出・剪断のバランスが変わり、混合パターンが変化する |
| 翼の径が違う | 動力が翼径の3〜5乗に比例する(流動状態による)ため、わずかな径の差で大きなエネルギー差が生じる |
| 翼の取り付け高さが違う | 循環流のパターンが変わり、デッドゾーンの位置が移動する |
| 容器の径が違う | 翼径/槽径(d/D)比が変わり、流動状態が変化する |
| 液量が違う | 液深/槽径(H/D)比が変わり、循環の到達範囲が変化する |
| 液温が違う | 粘度が変わるため、同じ回転数でも撹拌状態(レイノルズ数)が異なる |
つまり、回転数は撹拌条件の一部にすぎません。再現性のある撹拌を行うには、撹拌系全体を定義する必要があるのです。
再現のために記録すべき7つのパラメータ
撹拌の再現性を確保するために、以下のパラメータを記録することをお勧めします。

1. 撹拌翼の種類と寸法
翼の形状(プロペラ、タービン、パドル等)と翼径 d [mm]を記録します。所要動力は翼径の3〜5乗に比例するため(流動状態による)、同じ「プロペラ翼」でもわずかな径の差が大きな動力差になります。
2. 翼の取り付け高さ
容器底面から翼の中心までの距離 C [mm]を記録します。第4回で解説したとおり、翼の高さはデッドゾーンの有無に直結する重要なパラメータです。
3. 容器の種類と寸法
容器の内径 D [mm]、底面の形状(平底・丸底)、邪魔板の有無を記録します。これにより翼径/槽径比(d/D)が決まり、流動パターンの基本構造が定義されます。
4. 液量と液深
液量 [mL] と液深 H [mm] を記録します。液深/槽径比(H/D)は、循環流が槽全体に到達するかどうかを左右します。
5. 回転数
回転数 n [rpm] を記録します。ただし、これまでの連載で繰り返しお伝えしてきたとおり、回転数は他のパラメータと組み合わせて初めて意味を持ちます。
6. 液の物性(粘度・密度)
液の粘度 [mPa·s] と密度 [kg/m³] を記録します。特に非ニュートン流体の場合は、剪断速度と粘度の関係(フローカーブ)も記録しておくと再現性が向上します。液温も粘度に影響するため、併記が望ましいです。
7. 撹拌時間とトルク
撹拌時間 [min] に加え、可能であれば撹拌中のトルク [mN·m]を記録します。トルクは撹拌状態を反映する指標であり、「同じトルク値が再現できていれば、同じ撹拌状態が再現できている」と判断する根拠になります。
スケールアップの壁 — なぜ小スケールの条件がそのまま通用しないのか
実験室で最適化した撹拌条件を、より大きなスケールに移行するとき——これが撹拌における最大の難関です。
「同じ回転数」ではスケールアップできない
100 mLのビーカーで最適だった「300 rpm」を、10 Lの容器にそのまま適用するとどうなるでしょうか。
容器が大きくなると翼径も大きくなります。完全乱流域では所要動力は翼径の5乗に比例し、翼径を2倍にすると動力は32倍になります。層流域でも3乗に比例するため、いずれにしてもスケールアップ時の動力増大は非常に大きく、同じ回転数を維持しようとすると必要なモーターの出力が桁違いに大きくなります。
逆に、動力を一定に保って回転数を下げると、今度は混合パターンが変わり、小スケールでは見られなかったデッドゾーンが出現する可能性があります。
スケールアップの3つの基準
スケールアップの際に何を一定に保つかによって、結果は大きく変わります。代表的な基準は以下の3つです。
| 一定にする指標 | 意味 | 適した用途 |
|---|---|---|
| 単位体積あたりの動力(P/V 一定) | 液の単位体積に投入するエネルギーを揃える | 混合・溶解・反応など一般的な撹拌 |
| 翼先端速度(πnd 一定) | 翼先端の周速度を揃える | 乳化・分散など剪断力が重要な操作 |
| 無次元混合時間(n·θm 一定) | 混合が完了するまでの翼回転数を揃える | 均一化が目的の操作 |
どの基準を選ぶかは撹拌の目的によりますが、いずれの場合も小スケールでの撹拌条件を正確に記録していることが大前提です。記録が不十分だと、スケールアップの計算そのものができません。
「再現できる記録」のチェックリスト
最後に、撹拌条件の記録に使えるチェックリストをまとめます。
| 項目 | 記録内容 | 記号・単位 |
|---|---|---|
| 撹拌翼 | 種類、翼径 | d [mm] |
| 翼の高さ | 底面からの距離 | C [mm] |
| 容器 | 内径、底面形状、邪魔板有無 | D [mm] |
| 液量・液深 | 体積、液面高さ | V [mL]、H [mm] |
| 回転数 | 設定回転数 | n [rpm] |
| 液の物性 | 粘度、密度、液温 | μ [mPa·s]、ρ [kg/m³]、T [°C] |
| 撹拌時間 | 撹拌開始から終了まで | t [min] |
| トルク | 撹拌中のトルク値(安定時) | τ [mN·m] |
| 無次元数 | 翼径/槽径比、液深/槽径比、翼高さ/槽径比 | d/D、H/D、C/D |

このチェックリストの項目がすべて記録されていれば、別の日に、別の担当者が、別の容器で実験しても、同じ撹拌状態を再現できる可能性が格段に高まります。
新東科学のワンポイントアドバイス
撹拌の再現性を高める最も確実な方法は、撹拌中のトルクを数値で記録することです。
当社の「TEシリーズ」は、撹拌中のトルクをリアルタイムに表示・記録できる撹拌機です。トルク値は撹拌状態を反映する客観的な指標であり、「前回と同じトルクカーブが再現できている」ことを確認すれば、撹拌条件の再現性を数値で保証できます。
さらに、トルクデータはスケールアップの基礎データとしても活用できます。小スケールでのトルクと回転数の関係から動力数(Np)を算出し、大スケールでの所要動力を予測することが可能です。
「感覚」や「経験」に頼る撹拌から、データに基づく撹拌へ——スリーワンモータは、その第一歩をお手伝いします。
連載を終えて
全5回の連載「撹拌のツボ」を通じて、撹拌の基本を整理してきました。
第1回では液の性質(粘度)を知ること、第2回では適切な撹拌強度を選ぶこと、第3回では目的と粘度に合った翼を選ぶこと、第4回では槽内の死角をなくすこと、そして今回の第5回では再現性を確保するための記録の重要性をお伝えしました。
この5つのポイントは、いずれも「撹拌する前に考えること」です。液を知り、目的を定め、条件を設計し、記録する——この手順を踏むだけで、撹拌の成功率は大きく変わります。
新東科学は、75年にわたり実験室の撹拌を支えてきました。撹拌に関するお困りごとがありましたら、いつでもお気軽にご相談ください。
関連リンク
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