静摩擦係数が測るたびに変わるのはなぜ?― ばらつきとの戦い【摩擦相談室 カルテNo.1】

摩擦測定の「現場のつまずき」と解決までの道筋を、カルテ形式で紹介する連載です。実際に寄せられた相談や測定で得られた知見をもとに、個人や企業を特定できないよう再構成しています。登場人物、数値、グラフの一部は説明用の架空・模擬データです。実際の結果は、材料や試験条件によって異なります。 摩擦相談室 ― 表面性測定機による摩擦測定のイメージ

【相談内容】「同じフィルムなのに、測るたびに数値が違うんです」

相談者は、ある包装フィルムメーカーの品質保証部門で働くAさん。手には測定記録のファイルがありました。 「客先から、フィルム表面の静摩擦係数を0.30±0.05で保証してほしいと言われています。ところが自社で測ると、同じロットの同じフィルムなのに、月曜は0.42、水曜は0.33、金曜は0.36……。これでは出荷判定になりません。製品がばらついているのか、測定がばらついているのか、それすら分からなくて」 摩擦測定の相談で、実は最も多いパターンがこれです。そして多くの場合、犯人は製品ではなく「測定のやり方」の側にいます。

【問診】どうやって測っていますか?

Aさんに測定手順を詳しく聞くと、次のことが分かりました。
問診項目Aさんの現状
測定方法水平法(JIS K 7125準拠のつもり)。平面圧子にフィルムを貼り、相手フィルムの上を滑らせる
測定回数各サンプル1回
測定環境一般の検査室。エアコンはあるが湿度管理はなし
サンプルの扱い倉庫から持ってきて、すぐ測定
測定のタイミング圧子をサンプルに載せてから測定開始までの時間は、特に決めていない(人による)
測定機そのものに問題はありませんでした。しかし、この手順には静摩擦測定のばらつき要因が4つも潜んでいます。

【原因】静摩擦係数がばらつく4つの理由

本題に入る前に、この連載全体を貫く大前提をひとつ。摩擦係数は、片方の材料だけで決まる固有値ではありません。二つの表面の組み合わせに加え、荷重、速度、温湿度、接触履歴などの条件によって変化する「試験値」です。だからこそ、条件を管理せずに測った値は揺れます。Aさんのケースでは、その揺れの原因が4つ重なっていました。

理由1:静摩擦係数は、そもそも「ばらつきやすい量」

まず前提として、静摩擦係数は動摩擦係数よりも本質的にばらつきが大きい測定値です。 静摩擦力は「動き出す瞬間」の一点の値です。その瞬間の接触面のミクロな凹凸のかみ合い、付着の状態を切り取ったスナップショットであり、同じサンプルでも測る場所が数ミリ違えば値は変わります。1回の測定値で合否を判定すること自体に無理があるのです。

理由2:湿度の影響を受けやすいフィルムがある

すべてのフィルムがそうとは限りませんが、フィルムの種類や表面処理によっては、温湿度が摩擦特性に大きく影響します。吸湿や表面への水分の吸着、滑剤・帯電防止剤といった添加剤の移行状態が、環境しだいで変わるためです。 Aさんの記録を見返すと、数値の高かった月曜はちょうど雨の日でした。湿度に敏感な材料を湿度管理のない部屋で測れば、天気がそのまま測定値に乗ってきます

理由3:「置いてから測るまでの時間」で静摩擦が変わることがある

これは見落とされがちな現象です。材料の組み合わせによっては、接触時間が長くなるほど静摩擦力が増えていくことがあります。圧子(おもり)を載せてから時間が経つうちに、接触部が少しずつなじんだり、粘弾性のある材料がじわりと変形したり、付着の状態が変わったりするためです。 静摩擦係数が接触からの待機時間とともに増加する例(特定条件を想定した模式図) 圧子を載せてすぐ測る人と、記録の準備をしてから測る人とでは、同じサンプルなのに数値が変わってしまう——「人によって値が違う」の正体は、意外とこんなところに潜んでいます。

理由4:平面圧子の「片当たり」

平面圧子にフィルムを貼って測る方式では、圧子がわずかに傾いてエッジだけが強く当たる「片当たり」が起きると、数値が大きく振れます。フィルムの貼り方のシワやたるみでも同じことが起きます。

【処方箋】ばらつきを「管理された数値」に変える5つの対策

処方1:サンプルの状態調節を行う

測定前に、サンプルを標準状態(23℃・50%RH)の環境で静置します。JIS K 7125では23±2℃・湿度(50±6)%RHで16時間以上の状態調節が規定されています。恒温恒湿室がない場合でも、少なくとも「同じ部屋に一晩置いてから測る」だけでばらつきは目に見えて減ります。

処方2:「接触から測定開始までの時間」を手順書に書く

実は JIS K 7125 には、滑り片を試験片に載せてから15秒後に駆動を開始するという規定があります。規格試験なら、この15秒に従います。規格によらない社内評価でも、「載せてから◯秒後に駆動開始」と手順書で決めて全員で統一しましょう。何秒にするかよりも、全員が同じ秒数で測ることが重要です。たったこれだけで、測定者間の差の大部分が消えます。

処方3:複数回測定+データ処理をルール化する

静摩擦係数は1回では決まりません。同一条件で複数回測定し、平均値・標準偏差・最大値・最小値を併記するのが実務的な処理です。最大値や最小値を機械的に捨ててはいけません——それは本当に存在する製品ばらつきを覆い隠すことになります。明らかな測定ミス(片当たり、試料のセット不良など)を除外する場合は、あらかじめ定めた除外基準と理由を記録した上で行います。出荷判定は「平均値」と「ばらつき幅」の両方で行うと、客先への説明力も上がります。

処方4:片当たりを疑い、つぶす

圧子へのフィルム貼り付けはシワ・たるみなく行い、貼り替えのたびに数回の慣らし測定で値が安定することを確認します。構造的に片当たりを緩和するには、圧子が試料面に倣うフリージョイント(自在継手)構造の治具が有効です。

処方5:「静摩擦で管理すべきか」を一度立ち止まって考える

そもそも、その品質トラブルは静摩擦の問題でしょうか。フィルムの巻き出しや搬送でのトラブルなら、等速で滑っている状態の動摩擦係数の方が工程の実態に近く、しかも動摩擦は静摩擦より再現性の良い測定値です。「滑り出し」が問題なら静摩擦、「滑り続ける」工程が問題なら動摩擦——測定値と現場のトラブルを対応させることが、管理指標選びの基本です。 摩擦測定波形の実測例 ― 測定開始直後のピークが静摩擦、その後の平坦部の平均が動摩擦 上は実際の測定波形の例です。測定開始直後に立つ最初のピークが静摩擦、その後に続く波形の平均値が動摩擦です。1回の走行でこの両方が同時に得られるので、まずは両方を記録しておき、現場のトラブルとどちらが対応するかを見比べるのが実務的です。

【経過】3週間後のAさん

処方1〜3を導入したAさんから、報告が届きました。 静摩擦係数のばらつき ― 測定条件管理の前後比較(模擬データ) 「同じ曜日ごとのばらつきが半分以下になり、日による差も判定に影響しない程度まで小さくなりました。規格の0.30±0.05に対して、平均0.31・範囲±0.02で判定できています。製品は最初からばらついていなかったんですね」 測定条件を管理する前のデータで「製品不良」と判断していたら、問題のないロットを廃棄するところでした。摩擦測定の管理は、品質そのものの管理と同じ重みを持っています。

【カルテのまとめ】静摩擦ばらつき対策チェックリスト

チェック項目基準
状態調節23℃・50%RHで24時間以上静置(最低でも同一環境で一晩)
接触後の待機時間手順書で秒数を統一(例:載せてから10秒後に駆動)
測定回数目的に応じてn=5を目安とし、平均値とばらつきを確認
判定方法平均値+ばらつき幅の両方で判定
圧子の当たりフィルム貼付のシワ・たるみ確認、フリージョイント治具の検討
管理指標トラブルが「滑り出し」なら静摩擦、「搬送・滑り続け」なら動摩擦

【相談室の機材】表面性測定機 TYPE:14FW

表面性測定機 トライボギア TYPE:14FW 今回のカルテで使用したのは、表面性測定機「トライボギア TYPE:14FW」です。往復動型で最も汎用性が高く、1回の走行で静摩擦係数と動摩擦係数を同時に測定できます。JIS K 7125・ASTM D1894に対応した平面圧子治具のほか、治具の交換により多様な試験に対応します。 「うちの測り方でばらつきの原因が切り分けられない」という場合は、当社の受託試験もご活用ください。お客様のサンプルで測定条件を変えながらばらつき要因を特定し、社内手順書に落とせる形でご報告します。 次回予告:カルテNo.2「同じ3Hなのに差が出ない ― 引掻き試験で傷つきにくさを数値化」。鉛筆硬度だけでは客先が納得してくれない——ハードコートメーカーの相談に、連続加重式引掻き試験で答えます。

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