【相談内容】「摩擦係数は規格内なのに、キュッと音が鳴るんです」
相談者は、自動車の内装部品を手がけるメーカー・研究開発部門のCさん。ゴム部品と樹脂部品の組み合わせサンプルを持って来られました。 「部品同士がこすれるときに『キュッ、キュッ』というきしみ音が出て、クレームになっています。ところが摩擦係数を測ると仕様の範囲内なんです。摩擦係数を下げた試作品も作りましたが、それでも音が消えない。摩擦が原因じゃないんでしょうか」 摩擦が原因です。ただし、犯人は摩擦係数の「高さ」ではありません。摩擦の「揺れ方」です。【問診】平均値だけを見ていませんか
Cさんの測定記録を見ると、摩擦係数は動摩擦係数の平均値で管理されていました。測定条件は一定速度・一定荷重の1条件のみ。波形データは「平均を出したら見ていない」とのことでした。 平均摩擦係数には材料比較や設計上の意味があり、大切な指標です。ただ、平均値だけでは、きしみ音やビビリ音の発生しやすさを十分に説明できないことがあります。この問題で平均値と合わせて見るべきは、摩擦力の波形そのものです。【原因】スティック・スリップ ― 固着と滑りの高速な繰り返し
原理:力を溜めては、一気に放す
ゴムのように柔らかく、静摩擦と動摩擦の差が大きい材料の組み合わせでは、滑りが次のようなサイクルに陥ることがあります。
① stick(固着):接触面が固着したまま、駆動側(部品を動かす力)のたわみに力が蓄積していきます
② slip(滑り):蓄積した力が静摩擦の限界を超えた瞬間、一気に滑って力が解放されます
滑って力が抜けると再び固着し、また力が溜まる——この「固着→滑り」の高速な繰り返しが振動となり、音として聞こえるのです。これがスティック・スリップ現象で、ドアのきしみ、ワイパーのビビリ、シューズの床鳴りまで、身の回りの「キュッ」という音の多くはこれが正体です。
実測波形で見ると一目瞭然
同じ「平均摩擦係数」でも、波形はまったく違う顔を見せます。下は実際の測定波形の例です。
上の波形では、摩擦力が大きく振れ、力の蓄積と解放を不規則に繰り返しています。スティック・スリップが起きている状態で、実際にこの測定中はビビリ音を伴うことがあります。
一方こちらは安定して滑っている波形です。立ち上がりのピーク(静摩擦)の後、摩擦力は平坦に推移します。平均値がほぼ同じでも、上の波形は「鳴き」、下の波形は「鳴かない」——平均値管理ではこの差を捉えられません。
なぜ摩擦係数を下げても音が消えなかったのか
スティック・スリップは、摩擦係数の絶対値だけで決まる現象ではありません。摩擦側の代表的な要因としては、 ・静摩擦と動摩擦の差が大きいこと(差が大きいほど、解放される力が大きい) ・動摩擦が速度に対して「負勾配」であること(速く動くほど摩擦が下がる領域では、滑りが加速しやすく自励振動になる) の2つが挙げられますが、実際には、これらに駆動系の剛性、質量、減衰、荷重、摺動速度、接触部の粘弾性、表面粗さなどが組み合わさって発生する「系全体の現象」です。 Cさんの試作品は全体の摩擦係数を下げましたが、静摩擦と動摩擦の「差」や速度特性、そして系の条件はそのままでした。だから音も消えなかったのです。【処方箋】波形と速度依存性で「鳴き」を診断する
処方1:波形の「振れ幅」を指標に加える
摩擦係数の平均値に加えて、波形の変動幅(標準偏差や振幅)を記録します。鳴きやすさの検討には、平均値だけを見るよりも変動幅を併せて見る方がはるかに手がかりが増えます。 ひとつ注意があります。スティック・スリップの振動は速い現象です。現象の周波数に対して測定機の応答速度やサンプリング速度が不足すると、本当は振れている波形が平均化されて、なだらかに見えてしまうことがあります。波形で判断するときは、測定系がその速さに追従できているかも確認してください。処方2:速度を変えて測る
一定速度・1条件の測定では、スティック・スリップの発生条件は見えません。すべり速度を数段階に振って動摩擦係数をマッピングし、実際の使用速度域が「負勾配領域」に入っていないかを確認します。
処方3:静摩擦と動摩擦の「差」を縮める
対策の方向性は「摩擦を下げる」ではなく「静動差を縮める・負勾配をなくす」です。表面処理(シボ・コーティング)、材質変更、潤滑剤の塗布などの対策効果は、波形の変動幅と速度依存性の変化で定量的に確認できます。【経過】音の出る速度域と負勾配が一致した
Cさんのサンプルを速度を変えて測定したところ、実使用の低速域でちょうど負勾配になっており、その速度域は官能評価で音が出る条件と一致しました。表面処理を変えた改良品では負勾配が消え、波形の振れ幅は元の1/3以下に。実車相当の評価でも音は再現しなくなりました。 「摩擦係数の平均値は、改良前とほとんど同じ値です。変わったのは波形だけでした」——Cさんの報告が、この問題の本質を言い当てています。【カルテのまとめ】きしみ音・ビビリ音のチェックリスト
| チェック項目 | 基準 |
|---|---|
| 管理指標 | 平均値だけでなく波形の変動幅(標準偏差・振幅)を記録する |
| 測定条件 | 実使用の速度・荷重域を含む複数速度で測定する |
| 診断 | 使用速度域が動摩擦の負勾配領域に入っていないかを確認する |
| 対策の方向 | 摩擦を下げるのではなく、静動差を縮める・負勾配をなくす |
| 対策の検証 | 対策前後で波形の変動幅と速度依存性を比較する |
【相談室の機材】摩擦摩耗試験機 TYPE:40
今回のカルテで使用したのは、摩擦摩耗試験機「TYPE:40」です。
・移動速度 5〜6000mm/minという広い速度範囲を1台でカバーし、速度依存性のマッピングに適しています
・直交バランスアーム方式により、往復測定でもデータのズレがない安定した波形が得られます
・リピートモード(最大99,999,999回)で、こすれの繰り返しによる鳴きの変化(摩耗との複合評価)も追跡できます
「うちの部品の組み合わせで鳴きの原因を特定したい」——そんなときは、当社の受託試験をご活用ください。実部品・実材料の組み合わせで速度依存性と波形を測定し、対策の方向性が判断できる形でご報告します。
次回予告:カルテNo.4「官能評価と数値が合わない ―『なめらか』を測る」。パネラーの評価と摩擦係数が相関しない化粧品メーカーの相談に、摩擦波形の「変動」から答えます。今回の「波形を見る」考え方が、そのまま触感の定量化につながります。
関連リンク
・「摩擦相談室」連載一覧
・摩擦摩耗試験機 TYPE:40
・滑り摩擦力とは?
・摩擦摩耗試験 実施例1(自動車、OA機器、電機・半導体)
・受託試験