【相談内容】「パネラーの『なめらか』と、摩擦係数が一致しないんです」
相談者は、化粧品メーカーの研究開発部門で処方設計を担当するDさん。スキンケアクリームの試作品リストを持って来られました。 「製品の『なめらかさ』を官能評価に頼らず数値化したくて、摩擦係数を測り始めました。ところが、官能パネルの評価順位と、摩擦係数の順位がまるで一致しないんです。パネラーが『一番なめらか』と評価したサンプルの摩擦係数が、一番低いわけでもない。摩擦測定では触感は測れないんでしょうか」 摩擦測定だけですべての触感を説明できるわけではありません。ただ、条件と解析指標を工夫することで、官能評価の一部を数値化することはできます。前回のカルテNo.3で「音」の手がかりが波形の振れにあったように、「触感」の手がかりも波形の中にあります。【問診】「平均μ」で並べていませんか
Dさんのデータを見ると、各サンプルの動摩擦係数の平均値で順位付けされていました。カルテNo.1やNo.3と同じ構図です——摩擦測定の結果を「平均値1個」に要約した時点で、多くの情報が捨てられています。 そもそも、人の指は何を感じ取っているのでしょうか。【原因】指は、微細な「変動」も感じ取っている
皮膚の感覚受容器は、押し付けの強さだけでなく、なぞったときの微細な振動に敏感です。指先で表面をなぞると、表面の微細な凹凸や付着性のムラが摩擦力の細かい変動として伝わり、それが「ざらつき」「ひっかかり」として知覚されます。 つまり「なめらかさ」の手がかりは、平均値だけでなく、摩擦力の細かい変動や塗布中の時間変化にも隠れています。もともと触感は、塗り始めのピーク、伸び、粘着感、残留感、肌の水分状態まで絡む多面的な感覚です。どの指標が効くかは、試料や評価語しだい。だからこそ、平均値1本ではなく複数の指標で眺めてみることが出発点になります。
上の2つのサンプルは、平均摩擦係数はほぼ同じです。しかし波形を見ると、サンプルAは変動が小さく滑らかに推移し、サンプルBは細かく激しく揺れています。指はこの違いをはっきり感じ分けますが、平均値はこの2つを「同じ」と言ってしまうのです。
【処方箋】「平均」と「変動」の2軸で触感を整理する
処方1:波形から2つの指標を出す
1回のなぞり測定から、次の2つを算出します。 ・摩擦係数の平均:全体的な滑りやすさ・重さに対応します(「すべすべ」「しっとり重い」の軸) ・摩擦係数の変動(標準偏差など):ざらつき・ひっかかりに対応します(「なめらか」「ざらざら」の軸)処方2:官能スコアとの相関を取り直す
Dさんのサンプル群を「平均」と「変動」の両方で官能スコアと突き合わせたイメージが下の図です。
平均μとはほぼ無相関だった「なめらかさ」スコアが、変動とは強い相関を示す——Dさんのケースでは、参照する指標が官能評価語と合っていなかったことが原因でした。もちろんこれはひとつの例で、別の試料・別の評価語では、平均や時間変化の方が効くこともあります。相関を確認してから指標を選ぶという手順そのものが処方箋です。
処方3:官能評価時の接触条件に近づける
触感の評価では、測定条件を官能評価時の接触条件に近づけることが重要です。 ・荷重:官能評価で触れるときと同程度の軽荷重で ・速度:なぞる動作と同程度のゆっくりした速度で ・相手材:人工皮革や人工皮膚材料など、目的に応じた模擬相手材を選びます。これらは再現性の良い相手材にはなりますが、人肌と同等ではない点には留意が必要です 条件が官能評価時と大きく外れると、別の状態の摩擦を測ることになり、相関は崩れやすくなります。【経過】処方設計の「共通言語」ができた
Dさんは試作品シリーズを「平均」と「変動」の2軸で整理し直しました。その結果、官能パネルの「なめらかさ」順位は変動の小ささの順位とほぼ一致。以後の処方検討では「変動を下げる方向に配合を振る」という明確な指針ができ、パネル評価は最終確認だけで済むようになりました。 「官能評価を数値で裏付けられるようになったことで、開発会議での議論が『感想の言い合い』から『データの読み合わせ』に変わりました」とDさん。触感の定量化は、化粧品に限らず、自動車内装材、スマートフォンの画面フィルム、繊維・不織布など、あらゆる「手触りが価値になる」製品で同じ枠組みが使えます。【カルテのまとめ】触感定量化のチェックリスト
| チェック項目 | 基準 |
|---|---|
| 指標 | 平均μと変動(標準偏差)の2軸で整理する |
| 対応関係 | まず平均と変動の2軸から。ただしどの指標が効くかは試料・評価語で異なり、時間変化やピークが効く場合もある |
| 測定条件 | 官能評価時の接触条件(荷重・速度・相手材)に近づける |
| 検証 | 官能スコアと各指標の相関を確認してから管理指標に採用する |
| 運用 | 相関確認後は機械測定を一次評価に、官能パネルは最終確認に |
【相談室の機材】触感計 TYPE:33
今回のカルテで使用したのは、触感計「TYPE:33」です。
・サンプルを載せて指でなぞるだけで、X・Y・Z 3方向の抵抗力を3つのストレインゲージで同時に検出。人の触る動作そのものを計測できます
・ハンディプローブ(オプション)を使えば、自動車の内装やディスプレイなど、大型・固定物の表面も現物のまま測定できます
・専用解析ソフト TriboTouchで、平均・変動などの触感指標の算出までを一貫して行えます
肌触り・なじみ感・毛髪の指通りといった官能評価の定量化は、化粧品・トイレタリーから自動車内装、電子機器まで実績があります。「うちの官能項目が数値化できるか試したい」——そんなときは、当社の受託試験でお客様のサンプルと官能データを使った相関確認からお手伝いします。
次回予告:カルテNo.5「給紙トラブルは倉庫で起きている ― 紙の摩擦と環境管理」。印刷・事務機の給紙不良に悩む相談に、紙という「生き物」の扱い方から答えます。
関連リンク
・「摩擦相談室」連載一覧
・触感計 TYPE:33
・摩擦摩耗試験 実施例2(建築材料・化粧品・医療関連・スポーツ用品)
・滑り摩擦力とは?
・受託試験