「給紙トラブルは倉庫で起きている」― 紙の摩擦と環境管理【摩擦相談室 カルテNo.5】

摩擦測定の「現場のつまずき」と解決までの道筋を、カルテ形式で紹介する連載です。実際に寄せられた相談や測定で得られた知見をもとに、個人や企業を特定できないよう再構成しています。登場人物、数値、グラフの一部は説明用の架空・模擬データです。実際の結果は、材料や試験条件によって異なります。 摩擦相談室 ― 表面性測定機による摩擦測定のイメージ

【相談内容】「特定のロットだけ重送が多発するんです」

相談者は、事務機器メーカーの品質保証部門で給紙系の評価を担当するEさん。市場からのクレーム報告書を手にしていました。 「あるユーザー先で、コピー用紙の重送(2枚同時に送られる)と給紙ミスが多発しています。紙のロットを疑って製紙メーカーに問い合わせたら『摩擦係数は規格内』との回答。うちで同じ銘柄を測っても、たしかに規格内なんです。でも現場ではトラブルが続いている。何を疑えばいいでしょうか」 紙のトラブル相談で最初に確認すべきことがあります。「その紙、どこに置いてあった紙ですか?」

【問診】「いつ・どこの環境の紙」を測りましたか

詳しく聞くと、トラブルが起きたユーザー先では、紙を空調のない倉庫に保管し、梅雨時に開封してすぐトレイに補充していたことが分かりました。一方、Eさんの評価室での測定は、空調の効いた部屋に置かれていた紙で行われていました。 つまり、測っていた紙と、トラブルを起こしていた紙は「別の状態」だったのです。

【原因】紙は環境で変わる「生き物」

湿度が摩擦を変える

紙は吸湿性の高い材料です。周囲の湿度に応じて水分を吸ったり吐いたりし、表面の状態やコシ(剛性)が変わります。摩擦係数もその影響を直接受けます。 紙同士の静摩擦係数と湿度の関係(模擬データ・一例) 紙の摩擦係数は、湿度によって変化します。上の模擬例のように高湿度で増加する例もありますが、紙種、表面処理、塗工、測定する面の組み合わせによって、変化の方向や大きさは異なります。いずれにしても、紙同士や紙とローラ・分離部材の摩擦バランスが環境で変われば、重送や給紙不良のリスクも変わります。「規格内の紙」でも、使われる場所の湿度が違えば別物になり得るのです。

環境が変わった直後は値が動く

もうひとつの落とし穴が「なじみ」の時間です。高湿の倉庫から空調の効いた部屋に移した紙は、すぐには新しい環境と平衡になりません。 環境を移した直後の紙は摩擦係数が変化し続ける ― この模擬例では約24時間でほぼ平衡 紙の摩擦係数の規格試験(JIS P 8147)が、前処置・調湿をJIS P 8111(標準状態 23℃・50%RH)に従って行うよう求めているのはこのためです。開封直後・移動直後の紙を測っても、翌日の値とは一致しません。カルテNo.1でフィルムについてお伝えした「状態調節」の原則は、紙ではさらに重要になります。

【処方箋】「規格の値」と「現場の値」を分けて管理する

処方1:規格判定は標準状態で

ロット間の比較や規格判定は、必ず23℃・50%RHで状態調節した紙で行います。ここを揃えないと、ロット差なのか環境差なのかが永遠に切り分けられません。

処方2:トラブル再現は「現場の環境」で

規格判定とは別に、トラブルが起きた環境を模擬した測定を行います。高湿で調湿した紙、開封直後の紙——条件を意図的に振って測ることで、「どの環境で・どのくらい摩擦が変わると・トラブルになるか」の対応表が作れます。

処方3:「紙同士」と「紙対ローラ」の両方を測る

重送や給紙不良は、紙同士の摩擦と、紙―給紙ローラ・分離部材(分離ローラ・分離パッド)間の摩擦バランスによって発生します。トラブルの種類と給紙機構を確認し、関係する組み合わせを測定します。給紙ローラのゴム材そのものの経時劣化(摩擦低下)が原因のこともあるため、ローラ側の定期測定も有効です。

処方4:保管・補充の運用を変える

測定の結論が「紙は悪くない」なら、対策は運用側です。使用する部屋で包装のまま一晩なじませてから開封する——これだけで解決するケースが実際に多くあります。

【経過】犯人はロットではなく「梅雨の倉庫」だった

Eさんは問題ロットと正常ロットの紙を取り寄せ、標準状態に調節してから測定し直しました。結果、両ロットの摩擦係数に有意な差はなし。一方、高湿調湿した紙は紙同士の摩擦係数が明確に上昇し、重送が再現しました。 「ロット不良を疑って製紙メーカーと押し問答になりかけていましたが、原因は保管環境でした。ユーザー先には『使用する部屋で一晩なじませてから補充する』運用をご案内し、クレームは止まりました。測定条件を揃えて初めて、正しい犯人にたどり着けたと実感しています」

【カルテのまとめ】紙の摩擦トラブルのチェックリスト

チェック項目基準
規格判定JIS P 8111の標準状態(23℃・50%RH)で調湿した紙で測る(JIS P 8147の前処置規定)
なじませ時間環境を移した紙は十分に調湿してから測定・使用(必要時間は紙の状態や規格に従って設定。本文の模擬例では約24時間)
トラブル再現現場の温湿度を模擬した条件でも測り、規格値と分けて記録
測る組み合わせ給紙機構を確認し、紙同士・紙対給紙ローラ・分離部材など関係する組み合わせを測る
ローラ側ゴムローラの摩擦低下(経時劣化)も定期測定で監視
運用対策使用する部屋で包装のまま一晩なじませてから開封・補充

【相談室の機材】表面性測定機 TYPE:14FW

表面性測定機 トライボギア TYPE:14FW 今回のカルテで使用したのは、カルテNo.1でも登場した表面性測定機「TYPE:14FW」です。 ・フィルム・シート・紙の摩擦係数測定の標準機で、JIS P 8147・JIS K 7125・ASTM D 1894など主要規格に対応した治具を選べます ・紙同士はもちろん、治具の工夫で紙対ローラゴムなど実機に近い組み合わせの評価が可能です ・1回の走行で静摩擦・動摩擦を同時に取得でき、重送(滑り出し)と搬送(滑り続け)の両方の指標が揃います 「トラブルの起きた実環境を模擬して測りたい」——恒温恒湿環境での測定を含め、当社の受託試験でもお手伝いできます。 次回予告:カルテNo.6「薄膜の耐久試験が毎回違う ― 低荷重の選び方とスチールウールの罠」。反射防止フィルムの耐擦傷試験が安定しないディスプレイ部材メーカーの相談に、圧子と荷重の選び方から答えます。

関連リンク
・「摩擦相談室」連載一覧
・表面性測定機 TYPE:14FW
・カルテNo.1:静摩擦係数が測るたびに変わるのはなぜ?
・摩擦摩耗試験に関連する規格を解説
・受託試験

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