摩擦測定の「現場のつまずき」と解決までの道筋を、カルテ形式で紹介する連載です。実際に寄せられた相談や測定で得られた知見をもとに、個人や企業を特定できないよう再構成しています。登場人物、数値、グラフの一部は説明用の架空・模擬データです。実際の結果は、材料や試験条件によって異なります。
【相談内容】「スチールウール試験の結果が、何度やっても安定しません」
相談者は、ディスプレイ用の機能性フィルムを開発する部材メーカー・研究開発部門のFさん。反射防止コートの試作サンプルを持って来られました。
「反射防止フィルムの耐擦傷性を
スチールウール往復試験で評価しています。ところが、同じサンプルでも試験のたびに結果が変わる。n数を増やしても収束しません。しかも、競合品と比べて明らかに良いはずの改良品でも、試験では
差が出ないんです。傷の本数を数える目視判定も、人によって違ってしまって」
薄膜の耐久評価には、つまずきポイントが集中しています。Fさんの悩みは、実は3つの別々の問題が重なったものです。
【原因1】スチールウールの接触状態は、試験中に変化しやすい
往復を重ねると、
繊維の変形・摩耗や摩耗粉の付着・目詰まりによって接触状態が変化し、試験初期と後半で損傷の与え方が変わることがあります。さらに、スチールウールの番手や銘柄、繊維の方向、切り出し位置、圧縮量、取り付け方、交換周期、初期ならしの有無なども結果に影響します。

こうした
圧子側の状態変化に起因するばらつきは、n数を増やすだけでは解消できません。
比較評価の再現性を上げる選択肢が、
ボール圧子による摩耗試験です。接触状態が幾何学的に安定しているため、圧子側の状態変化によるばらつきを抑えられます。膜の損傷が進むと摩擦係数に変化が現れるので、
摩擦係数の変化点を損傷の候補として検出し、顕微鏡観察などで膜の損傷状態を確認して判定します。
ただし、
ボール圧子試験はスチールウール試験の代替ではありません。点接触と多点接触では傷のでき方が違うため、実使用で多点接触の傷が問題になるなら、スチールウール試験にはその固有の意味があります。両者は優劣ではなく、使い分けの関係です。
【原因2】荷重が高すぎて、差が潰れている
「改良品と競合品の差が出ない」の原因はこちらです。薄膜に対して荷重が高すぎると、どのサンプルも初期の数往復で膜が破壊されてしまい、
性能差が「即死」の中に埋もれます。

薄膜の評価荷重は、
膜厚だけでなく、膜・基材の力学特性、圧子形状、評価の目的に応じて、低荷重域から検討します。荷重を数水準振ってみて、
サンプル間の差が最も大きく開く荷重を評価条件に採用するのが実務的な決め方です。差が見えない試験は、荷重が「感度の悪い領域」に入っている可能性を疑ってください。
【原因3】片当たりがばらつきを上乗せする
低荷重の試験では、圧子のわずかな傾き(片当たり)が結果に大きく響きます。荷重が小さいほど、接触面圧の偏りの影響が相対的に大きくなるためです。圧子が試料面に倣う
フリージョイント構造の治具や、試料の平面出し(貼り付けのシワ・うねり排除)で対策します。
【処方箋】薄膜耐久評価の組み立て方
| 処方 | 内容 |
| 1. 圧子の使い分け | スチールウールで規格・慣習上の評価が必要な場合も、開発の比較評価にはボール摩耗試験を併用する(損傷モードの異なる別試験として使い分け) |
| 2. 荷重の選定 | 膜厚・膜と基材の力学特性・圧子形状に応じて低荷重域から検討し、数水準振って「差が開く荷重」を探してから本評価に入る |
| 3. 片当たり対策 | フリージョイント治具と試料の平面出しで片当たりを排除する |
| 4. 判定方法 | 摩擦係数波形の変化点を候補として検出し、顕微鏡観察などで膜の損傷状態を確認して確定する(カルテNo.2と同じ「波形を手がかりに客観判定する」考え方) |
【経過】競合との差が「サイクル数」で示せた
Fさんは比較評価用に、ボール圧子+低荷重(30g)の条件を追加しました。改良品は約7,800往復、競合品は約4,200往復で摩擦係数の変化点が現れ、顕微鏡観察で膜の損傷を確認。
膜の寿命として約1.9倍の差が数値化されました。スチールウール試験で「差が出ない」と悩んでいた2品です。
「判定が『波形の変化点+観察で確認』という手順になったことで、試験の再現性も担当者間の差も大きく改善しました。今は開発ロットごとに寿命サイクル数をトレンド管理し、スチールウール試験は客先要求のある最終確認用と使い分けています」
【カルテのまとめ】薄膜耐久試験のチェックリスト
| チェック項目 | 基準 |
| 圧子の選択 | 比較評価の再現性にはボール圧子が有利。ただしスチールウールとは損傷モードが異なる別試験なので、目的で使い分け |
| 荷重選定 | 膜厚・膜と基材の力学特性・圧子形状に応じて低荷重域から検討し、数水準振って差が開く荷重を採用 |
| 判定方法 | 摩擦係数の変化点を候補として検出し、顕微鏡観察などで損傷状態を確認 |
| 片当たり対策 | フリージョイント治具+試料の平面出し |
| 報告の書き方 | 「寿命◯◯サイクル(圧子・荷重・速度併記)」で再現可能な形に |
【相談室の機材】摩擦摩耗試験機 TYPE:40 / HHS2000S

今回のカルテで使用したのは、摩擦摩耗試験機
「TYPE:40」です。
・リピートモード(最大99,999,999回)で長時間の摩耗試験を自動実行し、摩擦係数の推移から膜の寿命サイクルを特定できます
・ボール圧子・スチールウールホルダなど治具の交換で、同一プラットフォーム上で試験方法を比較できます
さらに低荷重域の精密な評価には、低荷重ユニット(1〜50g)を備えた
荷重変動型摩擦摩耗試験システム HHS2000Sが適しています。「差が開く荷重」を探す荷重マッピングも、連続加重機能で効率的に行えます。
条件出しから始めたい場合は、当社の
受託試験で、お客様のサンプルに合わせた圧子・荷重の選定からお手伝いします。
次回予告:カルテNo.7「現場の摩擦測定が安定しない ― ポータブル摩擦計の運用術」。ラインサイドでの摩擦測定が安定しない現場の相談に、携帯型ならではの運用のコツで答えます。
関連リンク
・「摩擦相談室」連載一覧
・摩擦摩耗試験機 TYPE:40
・荷重変動型摩擦摩耗試験システム HHS2000S/HHS3000S
・カルテNo.2:引掻き試験で傷つきにくさを数値化
・摩耗の評価方法
・受託試験